自閉症児が聞いた言葉をメモする〜ABAのトランスクリプション〜

自閉症児へ家庭療育を行う時に
- 「いぬ」と聞いて「いぬ」と書く。
- 自分の名前を聞いて書く。
- 買う物を聞いてメモする。
- 翌日の持ち物を聞いて書く。
- 日時や場所を聞いてメモする。
等を教えることがあります。
前の記事では
文字を見て対応する音声を発する
テクスチュアルについて説明しました。
例えば
- 「くつ」という文字を見る。
- 「くつ」と読む。
という行動です。
今回説明するのは
- 親が「くつ」と言う。
- 子供が「くつ」と書く。
という行動です。
ABAでは話された言葉を聞いて
それに対応する文字を書く行動を
トランスクリプション(transcription)
と呼びます。
Cooperらは
トランスクリプションについて
話された言葉を
- 書く。
- 綴る。
- タイプする。
等の文字反応へ変える
言語行動として説明しています。
『行動分析学事典』では
音声言語刺激によって起きる書字反応を
ディクテーションとして説明しています。
ただし家庭で手書きの
トランスクリプションを教えるには
最初に文字を見ながら
同じ文字を書けることが必要です。
さらに私の方法では
- 親が言葉を伝える。
- 子供が音声模倣する。
- 子供が文字を書く。
- 正誤に関係なく正解の文字を見て答え合わせをする。
という順番で行います。
これはトランスクリプションの
定義そのものではなく
家庭で
- 音声を聞き取れたか。
- 文字を書くことができるか。
- 音声を文字へ変えられるか。
を分けて確認するための使い方です。
目次
1.同じ「くつ」でも行動は違う
例えば「くつ」という言葉を使う場合でも
何をきっかけに
どのような行動をしたかによって
異なります。
文字を読む
- 「くつ」という文字を見る。
- 子供「くつ」
これはテクスチュアルです。
音声模倣
- 親「真似して、くつ」
- 子供「くつ」
これはエコーイックです。
物を見て言う
- 子供が靴を見る。
- 子供「くつ」
これはタクトです。
質問へ答える
- 親「外へ行く時に履く物は?」
- 子供「くつ」
これはイントラバーバルです。
聞いて行動する
- 親「靴を持ってきて」
- 子供が靴を持ってくる。
これは聞き手行動です。
聞いて書く
- 親「くつ」
- 子供が「くつ」と書く。
これがトランスクリプションです。
同じ「くつ」でも
- 聞く。
- 見る。
- 言う。
- 書く。
- 行動する。
という関係が違います。
2.文字を見ながら書けなければ先にテキスト・コピーイングを教える
手書きで
トランスクリプションを教えるには
最初に子供が文字見本を見ながら
同じ文字を書ける必要があります。
例えば子供が「あ」という文字を見ても
「あ」と書けないとします。
この状態で親が「あを書いて」
と言っても書けません。
音声と文字の関係以前に
「あ」という文字を書く行動自体を
まだできないからです。
『行動分析学事典』でも
音声「あ」を聞いて「あ」と書くためには
- その文字を書く運動反応が、文字の見本を写すこと等によって既に獲得されていること。
- 音声と文字の関係が獲得されていること。
が必要だと説明されています。
そのため最初に
- 「あ」という文字を見る。
- 子供が「あ」と書く。
という練習を行います。
文字を見て
同じ文字を書く行動を
テキスト・コピーイングと呼びます。
文字見本を見ても書けない場合は
トランスクリプションへ進まず
まず見本を見ながら
正しく書けるようにします。
3.文字を見ながら書くことと聞いて書くことは違う
例えば親が「くつ」と書かれたカードを
子供へ見せます。
子供がそれを見ながら「くつ」
と書きました。
これは聞いた言葉を
文字へ変えたのではありません。
文字を見て
同じ文字を書いています。
書き写す
- 「くつ」という文字を見る。
- 「くつ」と書く。
これはテキスト・コピーイングです。
聞いて書く
- 親「くつ」
- 子供が「くつ」と書く。
これはトランスクリプションです。
見本を見ながら書けることが
聞いて書くための前提になります。
ただし
文字を見ながら書けたからといって
音声だけを聞いて書けるとは限りません。
つまり
- 文字を見る。
- 同じ文字を書く。
という関係を作った後に
- 音声を聞く。
- 対応する文字を書く。
という別の関係を教えます。
4.最初に音声模倣してから文字を書く
親が言葉を読み上げても子供がその言葉を
正しく聞き取れていない場合があります。
例えば親が「りんご」と言ったのに
子供には「みこ」
と聞こえていたとします。
そのまま書かせると「みこ」
と書く可能性があります。
この場合
- 音声を正しく聞き取れなかった。
- 音声を文字へ変えられなかった。
のどちらなのかが分かりません。
そこでエコーイックができる子供には
最初に言葉を音声模倣させます。
例えば
- 親「りんご」
- 親「真似して、りんご」
- 子供「りんご」
- 親「そう、書いて」
- 子供が「りんご」と書く。
とします。
まず音声模倣によって
聞いた言葉を確認します。
その後に文字を書かせます。
この順番にすると
子供が「りんご」と正しく言えたのに
「りご」と書いた場合は
聞き取りよりも
音声を文字へ変えるところで
間違えた可能性が高いと
考えやすくなります。
5.正解でも不正解でも必ず文字を見せて答え合わせをする
私の方法では子供が書いた後に
正解でも不正解でも
必ず正しい文字を見せます。
例えば親が「かさ」と読み上げます。
子供が「かさ」と書きました。
正解であっても親は「正解はこれだよ」
と「かさ」と書かれた見本を見せます。
子供が書いた文字と
正解の見本を並べて確認します。
- 親「かさ」
- 子供「かさ」と音声模倣する。
- 子供が「かさ」と書く。
- 親が「かさ」の正解を見せる。
- 子供が自分の文字と正解を見比べる。
- 親「同じだね」と伝える。
という流れです。
正答した時にも
正解の文字を見せることで
子供自身が
- 文字が合っているか。
- 文字の順番が合っているか。
- 抜けている文字がないか。
を確認できます。
6.間違えた時は見本を写した後にもう一度聞いて書く
例えば
- 親「かさ」
- 子供「かさ」と音声模倣する。
- 子供が「かた」と書く。
とします。
この場合も
正解の「かさ」を見せます。
子供は
- 自分が書いた「かた」。
- 正解の「かさ」。
を見比べます。
その後
- 正解の「かさ」を見ながら書く。
- 見本を隠す。
- 親がもう一度「かさ」と言う。
- 子供が「かさ」と音声模倣する。
- 子供が見本なしで「かさ」と書く。
- もう一度正解を見せて答え合わせをする。
とします。
見本を見ながら正しく書けた段階は
テキスト・コピーイングです。
そこで終了すると「見れば書ける」
ことしか確認できません。
見本を隠してもう一度音声だけを提示し
一人で書けた時に初めて
トランスクリプションとして
正答できたと判断します。
つまり
- 音声模倣する。
- 文字を書く。
- 正解を見て答え合わせをする。
- 間違えていれば正解を写す。
- 見本を隠す。
- もう一度音声模倣する。
- 見本なしで書く。
- 再び正解を見て確認する。
という順番です。
7.既に発音できて書ける文字から始める
例えば子供がまだ「ぬ」という文字を
一人で書けないとします。
この状態で
親「いぬって書いて」と指示すると
子供には
- 「いぬ」と正しく聞く。
- 「いぬ」と音声模倣する。
- 「い」と「ぬ」に分ける。
- 「い」を書く。
- 「ぬ」を書く。
という複数の行動が必要になります。
家庭では最初に
- 正しく音声模倣できる。
- 文字を見れば正しく書ける。
ものを使います。
例えば
- 「あ」
- 「い」
- 「う」
を一人で書けるなら
- 親「あ」
- 子供「あ」と音声模倣する。
- 子供「あ」と書く。
- 親が正解の「あ」を見せる。
という一文字から始めます。
新しく教えることを
「聞いた音と文字を対応させる」
部分に限定します。
8.一文字から短い単語へ進める
一文字を聞いて書けても
単語を書けるとは限りません。
例えば子供が
- 「か」
- 「さ」
をそれぞれ聞けば正しく書けるとします。
しかし親が「かさ」と言った時に
「か」だけ書いて止まることがあります。
単語を書くには
- 音声を聞く。
- 音声模倣する。
- 最初の音を文字へ変える。
- 次の音を覚えておく。
- 次の文字を書く。
ことが必要になります。
そのため
- 一文字。
- 二文字。
- 三文字。
- 短い単語。
- 複数の単語。
という順番で
難易度を上げます。
また毎回
音声模倣
→書字
→答え合わせ
の順番を維持します。
9.ひらがなは音声と文字を対応させやすい
日本語のひらがなやカタカナは
音声と文字の対応が
比較的規則的です。
『行動分析学事典』でも
日本語のひらがな・カタカナでは
音声と文字の対応関係が
非常に規則的であることが
説明されています。
例えば「かさ」という音声なら
「か」「さ」と対応させて書けます。
そのため家庭では
最初から漢字の書き取りを
中心にするより音声と文字の関係が
分かりやすいひらがなから
始める方が教えやすくなります。
10.鉛筆以外でも教えられるが見本を写せることが前提になる
鉛筆操作が苦手な子供では
音声と文字の関係は分かっていても
手書きが難しい場合があります。
『行動分析学事典』では書字反応として
- 鉛筆で書く。
- タイピングする。
- 文字カードを並べる。
等が挙げられています。
例えば親が「りんご」と言った時に
タブレットで「りんご」と入力することも
トランスクリプションとして
考えられます。
ただしタイピングで教える場合でも
文字見本を見ながら
同じ文字を入力できることが
前提になります。
文字カードで教える場合も見本を見て
同じ順番にカードを並べられることが
必要です。
つまりどの反応方法を使う場合でも
まず視覚的な見本を使って
正しい文字反応を作れる必要があります。
11.実際には文字を写す機会の方が多い
ここからは文献上の定義ではなく
家庭療育としての私の考えです。
トランスクリプションは
聞いた情報を文字として残すための
重要な行動です。
一方、子供が家庭や学校で
実際に文字を書く場面では
- 黒板の文字をノートへ写す。
- 教科書の文章を書き写す。
- 漢字ドリルの見本を見て書く。
- 連絡帳の見本を写す。
- 文字カードを見ながら練習する。
等、文字を見て写す
テキスト・コピーイングの方が
はるかに多くなります。
そのため家庭では
- 文字を見ながら正しく書く。
- 見本を見て複数の文字を続けて書く。
- 見本が離れていても書き写す。
- その後に聞いた言葉を書く。
という優先順位にします。
トランスクリプションだけを
先に練習するのではなく使用頻度の高い
テキスト・コピーイングを
十分に教えた後に行います。
12.トランスクリプションはメモとして使える
トランスクリプションを
家庭生活で機能的に使う代表例が
メモです。
音声は聞いた直後に消えてしまいます。
例えば親が
「明日は水筒と帽子を持っていって」
と言います。
その場では聞いていても
翌朝には忘れていることがあります。
ここで
- 水筒。
- 帽子。
と書けば消えてしまう音声を
後から確認できる文字として
残せます。
つまり
- 言葉を聞く。
- 音声模倣する。
- メモする。
- 正解の文字で確認する。
- 後から自分のメモを読む。
- 必要な行動をする。
という流れを作れます。
13.家庭では少しずつ情報量を増やす
最初から
「明日は9時に家を出るから、水筒と帽子とハンカチを準備して」
という長い内容を
書き取らせる必要はありません。
例えば
- 「水」
- 「水筒」
- 「水筒、帽子」
- 「水筒と帽子を持つ」
- 短い予定をメモする。
という順番で難易度を上げます。
家庭では
- 聞く文字数を増やす。
- 単語数を増やす。
- 一度に覚える内容を増やす。
- 書いた後に自分で読み返す。
- メモを使って一人で行動する。
等で行動そのものの難易度を
上げていきます。
実践例
自閉症児が家で学校の準備をします。
学校の準備は日によって異なる物が
必要で明日は給食袋と体操服です。
が必要です。
子供は
- 「給食袋」
- 「体操服」
と音声模倣できます。
また文字見本を見れば
- 「きゅうしょくぶくろ」
- 「たいそうふく」
と書くこともできます。
そこで子供自身に
必要な物をメモさせます。
- 最初に親が子供の注目を得る。
- 親「真似して、給食袋」
- 子供「給食袋」
- 親「そう、書いて」
- 子供が「きゅうしょくぶくろ」と書く
- 親は正解の「きゅうしょくぶくろを見せる。
- 正しく書けていれば親「同じだね」と確認する。
同様に体操袋もします。
メモが完成したら
子供は「給食袋、体操服」と読みます。
これはテクスチュアルです。
その後
- 給食袋を持ってくる。
- 体操服を持ってくる。
という行動へつなげます。
ここで重要なのは
- 文字見本を見て正しく書ける。
- 読み上げられた言葉を音声模倣できる。
- 音声を聞いて文字を書く。
- 書けても書けなくても正解で確認する。
- 間違えた場合は正解を写した後に見本なしでもう一度書く。
- 書いたメモを生活で使用する。
という順番です。
参考文献
日本行動分析学会編
『行動分析学事典』丸善出版
P.A.アルバート/A.C.トルートマン著
佐久間徹・谷晋二・大野裕史訳
『はじめての応用行動分析』二瓶社
John O. Cooper
Timothy E. Heron
William L. Heward 著
中野良顯訳
『応用行動分析学 Applied Behavior Analysis 第2版』明石書店
メルマガをしています。





