自閉症児が目の合わなさについての最新研究

自閉症スペクトラム障害等の発達障害児は
他者との視線の合わなさを特徴にすることがあります。
最近研究をまとめました。
複数の学術論文で議論されている主要な仮説は、①「過剰な覚醒・不快感」と②「社会的動機付けの低下」の2つに大別されます。
仮説①視線による脳の過剰な反応
(Gaze Aversion Hypothesis)
最も有力な説の一つは、他者からの直接的な視線が、自閉症のある子どもの脳、特に扁桃体(amygdala)と呼ばれる情動反応を司る部分を過剰に活性化させてしまうというものです。
多くの研究で、自閉症の人が他者の目を見る、あるいは見られていると感じると、扁桃体が過活動し、不安や恐怖、ストレスといったネガティブな情動が引き起こされる可能性が示唆されています。つまり、目を合わせることは、本人にとって非常に不快で圧倒されるような体験であり、その不快な刺激から身を守るための能動的な回避行動として視線をそらしている、という考え方です。
ある研究では、自閉症の人に強制的に目の領域に視線を向けさせると、扁桃体の活動がより高まることが観察されており、この「視線回避」仮説を裏付けています。
仮説②社会的報酬としての価値の低さ(Social Motivation Theory)
そもそも他者の「目」が、定型発達の子どもが感じるような強い社会的魅力や報酬として感じられにくい、というものです。
定型発達の乳児は、生後まもなくから人の顔や目に強く惹きつけられます。視線を合わせることは、養育者との絆を深め、社会的な情報を得るための重要な手段であり、脳の報酬系を活性化させます。
しかし、自閉症のある子どもの場合、この社会的な情報に対する生来の動機付けが弱いのではないかと考えられています。他者の目が発する社会的な手がかり(感情、意図など)への関心が薄く、結果として視線を合わせる頻度が自然と少なくなるという「視線への無関心(gaze indifference)」に近い状態です。この説は、自閉症のある人が、社会的刺激(人の顔や声など)に対して、脳の報酬関連領域の活動が低いことを示す研究によって支持されています。
仮説③非同期な視線と文脈の重要性
近年では、これらの仮説をさらに発展させた見解も出てきています。
- 非同期性(Asynchrony)
自閉症の人が目を合わせる時間が全くないわけではなく、そのタイミングが定型発達の人と「ずれている(非同期である)」可能性が指摘されています。健常者同士が目を合わせると脳活動の特定の領域が同期しますが、自閉症の人との間ではその同期が見られにくいことが報告されています。 - 環境による違い
実験室のような管理された環境と、おもちゃで遊んでいる時などの自然な環境とでは、視線を合わせる頻度に大きな差がないという研究結果もあります。これは、子どもが何に注意を向けているか(人か、物か)という状況によって視線の使い方が異なり、「目が合わない」という特徴を過度に一般化することへの警鐘を鳴らしています。
目次
まとめ
自閉症児の「目が合わない」という行動は、単一の理由で説明できるものではありません。論文に基づくと、以下のようないくつかの要因が複雑に絡み合っていると考えられます。
- 能動的な回避
視線によって引き起こされる脳の過剰な興奮や不快感を避けるため。 - 社会的な動機付けの欠如:
他者の目から得られる社会的な情報への関心が低いため。 - タイミングのずれ
視線を合わせるタイミングが非定型的であるため。
参考・引用文献一覧
- Dalton, K. M., et al. (2005). Gaze fixation and the neural circuitry of face processing in autism. Nature Neuroscience.
- Chevallier, C., Kohls, G., Troiani, V., Brodkin, E. S., & Schultz, R. T. (2012). The social motivation theory of autism. Trends in Cognitive Sciences.
- Jones, W., & Klin, A. (2013). Attention to eyes is present but in decline in 2–6-month-old infants later diagnosed with autism. Nature.
- Senju, A., & Johnson, M. H. (2009). The eye contact effect: mechanisms and development. Trends in Cognitive Sciences.
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